1)難経六十九難本治法における相剋調整鍼法の発見

①  「片方刺し鍼法」の発見

私の育った「東洋はり医学会」でさえ昭和38年ごろの技術内容は「両方刺し」鍼法であったという。ましてや巷の経絡治療家のほとんどがツボの両方を使うのが当たり前の時代であった。その上単一証がほとんどで臨床されていたのである。

例えば、腎虚証といえば復溜・尺沢の両方計4穴を補っていたのである。現在の経絡治療家の大家と思われている方も、両側を補っている。また別のある大家は講演で「僕はケチじゃないから片方だけ刺すなどしない」などとの発言したというが「こりゃ物書き大家じゃないか、臨床成績が見たいものだ」とさえ思ったことを覚えている。

ところで経絡治療創成期、ひとり井上恵理先生だけは片方の経穴のみを使用する臨床をされていたという。

師福島弘道は尋ねたという、「先生は片方のツボしか使われないときがありますが、どうしてですか?」。

すると「気を得ざればその数を問うことなかれ、と霊枢九鍼十二原編にあるのだよ」と答えられたという。

やがてそれをヒントに、福島弘道先生たちは片方刺しを研究発展させ、ついには「相剋調整」という片方刺し鍼法の発展形を作り上げていったのである。

 

つづく

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